【※この対談は、2017年3月22日発行のスパイラルペーパーno.143に掲載されたものです。】
自分とひもづく世界が生み出すクリエイティビティ
高度経済成長期を機に日本の一般家庭に広く普及したロココ調の花柄の毛布を用いて立体やインスタレーション作品を制作することで、日本と西洋の関係、そして日本独自の文化に対する問いかけを提示し、2016年開催の「SICF17」にてグランプリを受賞したアーティスト、江頭誠。そして無数のシャボン玉で見慣れた風景を変容させる『Memorial Rebirth』や、伝統的な花柄や模様が床一面に描かれた部屋に人々が足を踏み入れることで、時間の経過と新たな空間が顕現する『Echoes』シリーズなど、繊細かつダイナミックなインスタレーション作品やパブリックアートを通して、鑑賞者の身体的な感覚を呼び覚ます非日常空間を作る日本を代表する現代美術作家、大巻伸嗣。過去にアーティストと、制作アシスタントを行うスタッフの一員としてともに時間を過ごしたことがある2人に当時のエピソードや、作品を制作する姿勢についてお話いただきました。
江頭誠(えがしらまこと)
1986年三重県生まれ。2011年多摩美術大学美術学部彫刻学科卒業。戦後の日本で独自に普及してきた花柄の毛布を主な作品素材として用いて、大型の立体作品、空間性を活かしたインスタレーション作品を発表する。日本の家族間のつながりを背景に、発泡スチロールからなる霊柩車を毛布で装飾した『神宮寺宮型八棟造』が「第18回 岡本太郎現代芸術賞」で特別賞を受賞。展示ブースの空間スケールを利用し、ブース内に毛布で構成した洋式トイレを出現させた『お花畑』は「SICF17」でグランプリを受賞した。
https://makotoegashira.wixsite.com/artwork
大巻伸嗣(おおまきしんじ)
1971年岐阜県生まれ。東京藝術大学美術学部彫刻科教授。展示空間を非日常的な世界に生まれ変わらせ、鑑賞者の身体的な感覚を呼び覚ますダイナミックなインスタレーション作品やパブリックアートを多数発表。アジアパシフィックトリエンナーレ2009や横浜トリエンナーレ2008、エルメス セーヴル店(パリ)、アジアンアートビエンナーレ、あいちトリエンナーレ2016など、国内外の芸術祭や美術館・ギャラリーでの展覧会に参加する。2016年に作品集『SHINJI OHMAKI 大巻 伸嗣』(現代企画室)を出版。
ー江頭さんは大学時代に、大巻さんの制作アシスタントを務めていたそうですね。
江頭:はい、とても濃密な時間を過ごしていました。高校2年生の頃、名古屋の美術予備校で大巻さんが講師を務めていた夏期講習の授業に参加したことがあったので、アシスタントとしてお声がけいただいた時はとても嬉しかったです。
大巻:懐かしいね。美術予備校では1つのテーマのもとで生徒がそれぞれに作品を制作、投票により順位を決め互いに切磋琢磨できるような、小さなSICFともいえる予備校内コンテストを開いていました。それで、江頭君には「大巻伸嗣賞」なる特別賞を贈呈したんです。
ー受賞作はどのような作品だったのでしょうか?
江頭:「粘土で野菜を作る」というテーマで、クルミを作りました。僕の控えめなクルミに対して周りのみんなは華々しい野菜を完成させていて「みんな、やっぱりすごいなぁ」と。コンテストの順位にはランクインしなかったのですが、大巻さんの個人賞に加え副賞として立派な絵筆をいただけたので、驚きました。十数年経った今でもその筆だけは大切にとっています。
大巻:江頭君は制作中トイレにも行かず、目の前のクルミをじーっと見つめて粘土を原寸大サイズに成形し、着色して、本物そっくりに仕上げていた。なかなかすごい集中力だと思いました。他の人は大きめに作っていて一見すると本物そっくりに見えるんですけど、小さく締まって見える江頭君のクルミの方が、実は原寸大に近い。目の前にあるものに対峙する態度も真面目で良いし、スケールの感覚が優れている人だなと思ったんですよね。「良い道具を使う」という基本の大事さを知ってほしくて、副賞として自腹で5000円の絵筆を用意したんです。
ー予備校当時の印象が、江頭さんのアシスタントのきっかけとなったんですね。
大巻:そうですね。江頭君が大学に受かったと人づてに聞いて、すぐに声をかけました。
アーティストとしての姿勢と振る舞い
ー大巻さんのアシスタントとして過ごした日々を振り返って、印象深い出来事はありますか?
江頭:僕は比較的そそっかしいので、よく怒られていた気がします(笑)。2008年の「Soft & Quiet」展(Bund 18 Creative Center/上海)」では、『Echoes Infinity』という花の作品シリーズを制作するにあたってフィキサチーフ(※1)のスプレーを使用していたら、現地のボランティアの方が「異臭がする」と大騒ぎしてしまったんですね。それで、慌てて窓を開けようとしたら、作品の上にコーヒーがこぼれてしまって......。思わず土下座をしました。
大巻伸嗣「Soft & Quiet」展の展示風景(2008) 会場 : Bund 18 Creative Center / 上海
大巻:事態に対する瞬発力はもちろん大切なんだけど、失敗には取り返しのつくものとつかないものがある。慌ててしまうとどうしても後者になってしまうから、冷静さは大切だと伝えました。名だたるアーティストが展示を行ってきたBund 18 Creative Centerで、僕が日本人で初めて個展を開く機会をもらえた。だから最大級に良いものを作ることが、その他の日本人のアーティストたちの評価につながり、「日本人作家の個展をまた開きたい」と思ってもらえるきっかけにもなるかもしれないと考えていました。いつでも「1回かぎりのプレゼンテーション」の意識で作品を発表しています。
江頭:作品コンセプトの話はもちろん、アーティストとしての姿勢や立ち振る舞いや人との接し方など、大巻さんからはすごくたくさんのことを教わりました。それらはすべて今の自分の作家活動に活きているような気がします。
大巻:たくさん叱ってきたかもしれないけど、江頭君は優しい人。下から全体を眺め、そこからこぼれたものを丁寧に拾って行くようなプロセスを踏める人なので、アシスタントとしてもとても信用していました。無数のシャボン玉を使った「シャボン玉プロジェクト」では、最前線で子どもの対応をしてもらったこともありました。
江頭:あの時は他にも何名かアシスタントがいたのですが、なぜか子どもたちからシャボン玉の液体を頭にからかけられるなど、僕だけがいじられ役になっていた記憶があります(笑)。大勢の子どもと遊ぶような感覚が、新鮮で楽しい思い出として記憶に残っています。
大巻:そうだった(笑)。目が真っ赤になっていたよね。
自分が生み出した作品を最後まで大切にする
ー大巻さんは、江頭さんの作品の移り変わりをアシスタント時代から現在まで見ている一人でもあると思います。近年の作品を見て、変化を感じることはありますか?
(左)「第18回岡本太郎現代芸術賞」特別賞受賞作 『神宮寺宮型八棟造』(2015) 写真提供 : 川崎市岡本太郎美術館 (右)『熊本城』(2010)
大巻:学生時代は、昆虫をモチーフとした作品やみかんの皮を使ったオブジェを試行錯誤しながら作っていて、その後は毛布を素材に選び、徐々に技術も伴ってきた。初期は「どうしてこういう作品を作っているんだろう?」と疑問を投げかけることがあったけど、今はそれを聞かなくてもわかる。明快になっている気がしますね。江頭君が大学卒業と同時に僕のアシスタントを離れた後、「第18回 岡本太郎現代芸術賞」の受賞作品の資料を見ていたら「あれ? 江頭君に似た名前の人がいるなぁ。素材も毛布だ」と思って。そうしたら本人だということが判明して、すぐに電話をかけたんですよね。
江頭:お祝いの電話で久々にお話ができたときは喜びと同時に、背筋が伸びる思いでした(笑)。
大巻:1年後に「SICF17」で発表した『お花畑』はグランプリを受賞、いい流れだよね。その後にスパイラルで発表した『Rose Blanket Collection'16』も良かったと思う。それまでのプライベートな空間を超えた広がりを感じさせたし、これからも自分に対して挑戦を続けることで周囲から「狂っている」と言われるくらいに飛躍していけるといいね。
江頭:はい。今後も毛布をひとつの基軸に作品を展開していきたいと考えています。
SICF17グランプリ受賞作『お花畑』(2016) 撮影 : 市川勝弘
ー「第18回岡本太郎現代芸術賞」特別賞受賞作であり、発泡スチロールと毛布で霊柩車をかたどった『神宮寺宮型八棟造』。展示ブースのスケールを活かし、空間内に毛布からなる洋式トイレを出現させた『お花畑』。そして、スパイラルの約10畳のガラス張りの空間を洋間に見立てた『Rose Blanket Collection'16』。作品一点につき、どのくらいの制作時間を費やしているのでしょうか?
SICF17グランプリアーティスト展 江頭誠「Rose Blanket Collectionʼ16」の展示風景
江頭:ここ最近で一番時間をかけたのは『Rose Blanket Collection'16』で、3ヶ月毎日制作をしていました。天井はゼロから作って、実際の家具や小物一点一点に毛布を貼り付けています。スパイラルでの展示の際には、鑑賞者の方々に靴を脱ぎ空間の中に入っていただいたのですが、「今から作品空間に足を踏み入れる」と皆さんに意識させるよりも、「気づいたら自然とその空間に立ってしまっている」という流れを作りたいと思うようになりました。その方が自分の作品コンセプトに合っていますし、今後の展開の一つとして思案しています。
大巻:周囲の状況に俊敏に反応しながら制作を続けて行くタイプと、ひとつのプロセスをゆっくりと地道に積み上げていけるタイプ、アーティストにはその2つのタイプがいると思っていて、江頭君は完全に後者だね。最近は、作品が完成した後はその作品に対して無関心になり、最後まで大切に接することができない作り手が増えている気がしているんです。でも、思考を目に見える形にすることだけではなく、最初から最後まで、すべてのプロセスがクリエイティビティを発揮する行為。そして、社会と自分、世界と自分、他者と自分といったあらゆる関係の中で自分たちが生きていることを自覚して、その空間をどうとらえるか。それは一人の作家、人間として、今は必ず考えるべき重要な問題だと思います。江頭君には、そんなことを意識しながらこれからも制作を続けていってほしいですね。
インタビュー・文 野路千晶
※1 鉛筆や木炭など主に粉状の描画材を支持体に定着させる液体